top of page

世界史科

“世界史を楽しむ”

 これが栄光会の世界史の授業でもっとも大切しているコンセプトです。授業を聞いて楽しくなければ世界史という科目を好きになることもないでしょうし、好きではない科目を自主的に勉強しようとする気持ちも起きないでしょう。逆に、授業を聞いて“世界史は楽しい”と感じることができれば、世界史の勉強自体が楽しくなり、自主的にどんどん勉強したいと思えるはずです。そのため栄光会の世界史の授業では、受講者のみなさんに“世界史は楽しい”と実感してもらうための工夫を凝らした授業を展開していきたいと考えています。

 

 “栄光会だけでしか体験できない世界史講義”

 では、具体的にどのような授業を展開すればみなさんに‟世界史は楽しい“と感じてもらうことができるでしょうか。みなさんに‟世界史は楽しい”と実感してもらうため、栄光会の世界史の授業では以下のような特徴をもった授業を展開していきます。

 

①‟文字情報の可視化“

まずは「文字情報の可視化」です。世界史というと、どうしても歴史用語や歴史事項、年号などを暗記しなくては…と苦痛に感じてしまうかもしれません。また、教科書のように大量の文字情報だけを与えられても、理解が難解なうえ、文字を読むといった単調作業のために眠くなってしまうのが当然かと思います。そうなると“世界史を楽しむ”どころかたんなる苦行になってしまうはずです。そこで栄光会の世界史の授業では、文字情報をできる限りわかりやすく図や表に変換して描くことで「可視化」し、そうすることで無理なく自然とみなさんの頭のなかに「世界史」が描けるような授業を行っていきます。同じ題材を扱った作品であったとしても、小説(文字情報)は読む気にならないけど、アニメや映画(可視化されたもの)なら観たい(観てもいい)という人はたくさんいるのではないでしょうか。感覚としてはそうした授業(文字情報をできる限り可視化した授業)を行っていきたいと思います。

 

②歴史を「ストーリー」として理解する-「点」から「線」・「面」への理解へ-

 “世界史を楽しむ”ためのもうひとつ大切なポイントは、歴史を「ストーリー」として理解することです。歴史用語や歴史事項をたんに「点」として理解するのではなく、世界史という大きなストーリーのなかで「線」として結びつけて理解することが大切です。たとえば、ある人の人生において「第一志望校の大学に合格した」という歴史事象があったとします。この歴史事象はあくまでその人の人生のなかの「点」に過ぎません。しかし、「第一志望校の大学に合格した」という歴史事象の裏には「一生懸命受験勉強に取り組んだ」とか「世界史を受験で武器にすることができた」といった何かしらの「原因・理由・要因」がかならずあるはずです。そしてまた、「第一志望校の大学に受かった」ことによって、たとえば「希望していた会社に就職できた」とか「自分自身に自信がもてるようになった」などといった、その人のその後の人生に与えた「意義・影響」といったものも同時に想定し得るでしょう。このように考えてみると、「第一志望の大学に受かった」という歴史事象は、その人の人生における「点」としてだけでなく、その人の人生という名のストーリーのなかの「線」の一部として理解することができるかと思います。また、「第一志望校の大学に受かった」その人が、同じ大学で人生を共にするパートナーと出遭ったとしましょう。そうすると、「第一志望校の大学に受かった」という歴史事象は、その本人だけでなく同じ大学で出遭ったパートナーの人生における一部ともなり、「第一志望校の大学に受かった」その人の人生のなかにおける「点」としての歴史事象が、他者(ここではパートナー)の人生においてもまた重要な歴史事象ともなり、その歴史事象は「面」としての広がりをもつことになります。

 栄光会の世界史の授業では、ある歴史事象をたんに「点」としてとらえるのではなく、世界史という大きなストーリーのなかでの「線」(=時間的なつながり)の一部として、そしてまた「面」(=空間的なつながり)の一部としてとらえていきます。そうすることで、世界史という人類の物語をより深く理解し、より楽しく学ぶことができるはずです。

 

③「感情」から読み解く世界史ー“イマーシヴ世界史”の実践-

 世界史がつまらないと感じたり、世界史の勉強が苦行だと感じてしまうのは、教科書などにはただ単に過去の「事実」が書かれているだけで、人の「感情」が書かれていない点にあるかと思います。世界史が「人類」の歴史であるのに、です。日常生活や映画などでもそうですが、その人の「感情」を理解できなければ、「共感」したり、「感情移入」することは難しいはずです。逆に言えば、その人の「感情」を理解できれば、世界史上の人物に「共感」したり、「感情移入」することができ、世界史というストーリーに「没入ぼつにゅう」できるはずです。

 そこで栄光会の世界史の授業では、教科書にはけっして書かれることのない「感情」をむしろ積極的にみなさんと共有していく授業を展開していきたいと思っています。

 たとえば、秦の始皇帝は「焚書(ふんしょ)・坑儒(こうじゅ)」を行って儒教に関連する書物を焼き尽くし、儒教の大切さを説く儒者を生きたまま坑埋(あなうめ)にするなどして徹底的に弾圧します。教科書などには「思想の統一を図るため」と書いてありますが、そのためだけに何百人(『史記』によれば約460人)もの儒者を生きたまま坑埋(あなうめ)にするといった惨い仕打ちをする必要が果たして本当にあったのでしょうか。むしろそこには、教科書には書いていないものの、始皇帝の儒者に対する「憎しみ」といった「感情」を読み取ることができるのではないでしょうか。そしてじつのところ、これも教科書には書かれていませんが、始皇帝にはその出生に大きな秘密があり、それが儒教や儒者に対して憎しみを抱く大きなトラウマ・要因となっていたことがその背景として存在します。ここではその出生の秘密については記しませんが、それにより始皇帝が儒教や儒者に対してどれほど大きなトラウマ・憎しみを抱いていたか、その気持ち・「感情」を「共感」し、始皇帝に「感情移入」できれば、始皇帝がなぜ「焚書(ふんしょ)・坑儒(こうじゅ)」を行ったのかより深く理解することができるかと思います。

 栄光会の世界史の授業では、そうした教科書には書かれていない情報も積極的にみなさんと共有し、その人の「感情」にまで迫れるような授業を行っていきます。そうすることでその人物に「感情移入」することが可能となり、同時にその人が生きた当時の社会状況なども鮮明に蘇ってくるはずです。言うなれば‟イマーシヴ”に世界史を体感し、理解し、楽しむことができる、そのような授業を展開していきたいと思っています(そしてじつのところ、そうした教科書には書いてないある意味マニアックな情報が早慶の世界史では問われることが多々ありますので、早慶対策としても一石二鳥かと思います)。

 

 注)論述を必要とする人には、本講座とは別に講習などで対応します。

bottom of page